ponbooのブログ

夫婦二人で障害者年金で生活

今日は病院の日

先生に車が来ることについて主人がお金に対しての危機感がない事。ここ数か月お腹が空いて主人が朝方4時くらいにコンビニで食べ物を買うので食費が2万5千円になった事(前は平均1万5千円)生活費が2、3万オーバーしていること。を告げると。食欲があり過ぎたりものに執着する時は、躁状態の傾向があることを伝えると。うーん少し頭を冷やして考えなさい。そうじゃないと強い薬で何も出来ない寝たきりにするよ。と厳しいお答でしたあーあ 参ったな。またか~というのが私の心境。一生病院に隔離ということです。
このまま、頭を冷やせるならいいけれどね、疲れました。そろそろ後見代理人の書類作成を8月中に提出する仕事が待っています。それもまた大変で、ただでさえ疲れるし、主人が躁うつ病なので仕方なくしているわけです(主人が購入したものや、契約したことを破棄する権利があるから)でもしなくてもいい苦労だと思います。人生狂ったな。自由が欲しいです。

苦しめないで


いよいよ今週末に中古車が来ます。でも60万のお金が出ていくのは非常に痛いんですよね
更に主人がフラッシングオイル(エンジンの中をきれいにする)今の車ステレオを取り付ける。フラッシングオイル。中古の傷を直したい。当然私は必要な物だけは用意されているのに、60万が無くなるんだよ!中古車だから気楽に使うと言ったでしょと言い合いになるわけです。担当者さんに電話で問い合わせると、まずステレオはサイズや配線の問題があるので無理。フラッシングオイルは今はしなくてもいいと言われました。
車が来るから興味があるのはわかるけれど勘弁して。だいたい私が後見代理人をしている意味がないんです。主人は60万が無くなった危機感がないみたいで、車が来るのが憂鬱な私です

星野先生2

今時の先生のカルテには珍しいドイツ語でした。お茶目で気さくでよく世間話をしてくれました。娘を連れて渋谷に買い物に行ったとか、毎日体の中をアルコールで消毒してる(晩酌の事)どんなに具合が悪くても先生の所に行けば治る。頼りがいのある先生が私は大好きでした。
しかし先生の元気な姿を見たのは8年前に神戸に転勤になったと話したのが最後でした。
一昨年11月に我が家に帰って風邪を引いたときに診察室に入ったら、先生は座ったまま『私はもう何も分からないんです。娘夫婦が医者で時々来てくれるから助かる。私は患者さんとお話するだけなんです』先生は認知症
になっていたのです。風邪をひいたので喉が痛いと告げると喉を見てカルテに喉の絵を書いてました。
私はまえに処方された薬を看護師さんに出して頂きました。しかし患者さんが多く持病の薬を出してもらっていました。大きな柱時計は止まったままでした。毎日先生がネジを回してたんだと思います。患者さんで盲目の方がヘルパーさんと来ていて『40年前に鍼灸り資格を取った時に診断書を書いて貰ったあとずっと通っています』とおっしゃっていました。この人も先生に励まされて来たのだと思いました。先生は77歳で2年前に認知症になったらしいです
。もう私のことも忘れています。悲しくてやりきれない気持ちでした。
数ヶ月後でんわが通じないので病院に行ってみると閉院のお知らせの張り紙がありました。『長い間おせわになりました。ありがとうございました』と書いてあり、私はその前で頭を下げて『こちらこそありがとうございました』と心の中で言いました。
今先生はどうしているのか分かりませんが、自宅でのんびりしていらっしゃるといいと思いました。寂しいし悲しいお別れでした。星野先生長い間おせわになりました。ご恩は一生忘れません。