ponbooのブログ

夫婦二人で障害者年金で生活

旦那の病歴と別居していたこと

社会復帰して2年後、主人は 具合が悪くなり、傷病手当金の生活になりました。
色々な薬を試しても全く だるい 気力が無い。でも昼間は車の様子を見たりインターネットで買い物をするようになりました。躁状態が始まり、暴れたり、椅子を投げる等、もう説得等、聞かない状態になるのです。本人も焦っていたようで入院することになりました。私は毎日お見舞いと様子を見に行きました。医師は週1から週3回と家に帰り、私に様子を見て欲しいと言いました。退院後、社会復帰した主人は休みながらも仕事を続けました。4か月経った時に外車を買うと言い出したのです。2300000円のシボレー、当然
医師も私も反対しました。車二代目いらないし維持費が無いと説明しても躁状態の主人に通用しないのです。ある日恐ろしいことにナイフで私の靴を切り裂き、スプレーを出して
ライターで引火させて私を追い出しました。消火器かけられました。目つきも変だった。殺されると真剣に思ったので実家に戻りました。何回も迎えに来たけど離婚しか頭になかった。保健所や法律事務所に相談しましたが本人の意思が無いと入院は難しいとのこと。30000円を1日で使う浪費、主人の両親が来て私も呼ばれ再度違う病院で入院半年、医師は、もう治らないから離婚して主人は両親の元に返して気楽に生きていく方法が一番だと説得されました。双極性感情障害とは恐ろしくて悲しい病気です。3か月もすると躁状態は抜けてうつ状態になりましたが今度はまともに歩くのもやっとの状態でした。
今度は死にたいと言い出しました。医師は障害者年金の手続きを進め、抗うつ剤を飲ませました。また躁状態です。初めは嫌がっていた両親も障害者年金が入ると知ってから自宅に連れていく姑がうつ病で通っている病院へ連れていくと言い出したので私も恐い思いが忘れられず、主人は両親の元、私は実家と自分の家に住み、完全別居になりました。
私はその間どの医師にも離婚を進められました。主人は毎日泣いて☎してきました。
主人の通っていた医師は躁鬱病は勿論うつ病も治せないやぶ医者で主人はろれつも回らない昨日のことも覚えていない酷い状態になったのです。もう両親のいえでずっと治療する。私の医師はどうしても離婚の決断ができないなら両親の家に行って様子を見て判断するように進めました。それを言うと断固拒否され、私のせいで病気になったとなじられました。私は離婚の意思を決めて本人と両親に告げると、それは困る。息子の面倒を見たら破産する。でも私は選ぶ権利があると主張しました。 つづく

×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。